2024.4.23
濵田くん、デビュー10周年おめでとう!
好きなアイドルがデビュー10周年を迎える、って普通じゃない。幾つもの奇跡と我慢と運と力が合わさった一握りの経験だと思う。〈デビュー10周年〉を見せてくれてありがとう。
濵田くんが6人と一緒に、世の中にリリースされた今日の、自分の心情を煎じ詰める。
『濵田くんという1人のアイドル』については、別のブログで全力投球しているので、今日は『7人組アイドルグループWEST.の濵田くん』に躍起になりたいと思う。
節目の記念日名物、お気持ち表明系ポエムブログです(注意喚起)
すべては自己顕示欲を充足させるためであり、こういう弁明さえも、ただの自己防衛
誰かの辛さを、全力で幸せだと叫ぶこともあるかもしれない…
さっきのCDTV、丸10年を迎える最後のパフォーマンス
濵田くんは床に手をついた、そして立ち上がった。
助けてくれる仲間が居たし、10年前には決して見られなかった表情で笑っていた。
ボロボロの身体で「振り向かず進め!」と歌った。
ここまで人生を賭けてくれた10年、どれだけのものを失って、どれだけのものを得たんだろう。
もう10年?やっと10年?
そんなアニバーサリーツアーで「20周年でも会おう」と言う濵田くんがいる。
「僕の一生のテーマは変わらないこと、それを頑張ろうと思ってて」
「変わらないことって、変わることよりも難しいことやから、僕はそこを選ばないとなと思ってます」
「これからは自分たちの意思で動ける時代だからこそ、変わらないことが目標」
好きなアイドルに、確かな居場所がある。
いつからだろう
「僕の、」じゃなくて「僕らの、」と話し始めることばかりになったのは。
7人、やめないでくれてありがとう。
今日も仲良く歌ってくれてありがとう。
7人じゃなきゃダメだと言ったからには、果たさないといけない責任があって、後悔は無いと思うけど、執念と化す日はあったと思う。
性格も考え方も、統一感なんてさらさら無い。だけど7人のパフォーマンスは「1」になる。
ただ仲良くいるために、ある意味自分を犠牲にして、見返りを求めず愛を信じ続けなきゃ、7人で居られなかったはず。
特にここ最近のメイキング系を見たらよく分かるけど、極厚のプライバシー保護は当然、「嫌にならないこと」に徹している。
何度でも、7人をやめてしまえるタイミングがあったことだって知っている。
しょうもないことで反感をかってばっかりだったね、おもんない番組もアホほど出たね、一生懸命やってんのに誰も気付かなかったね、必死で準備したことが全部白紙になったね、ここぞの大一番を邪魔するやつらばっかりやったね、大切なものだって奪われたね。
病気もしたし、怪我もしたし、失敗もしたし、泣いたし、怒ったし、辛かったね。
だけど今日、アイドルとして生きている濵田くんは、6人とデビュー10周年を迎えた濵田くんは、すべてに勝ったと思う。
勝ち負けなんかじゃないし、ここに勝敗や優劣なんてマジで無い。だけど、濵田くんの大勝利だと思う。
濵田くんが『デビュー組』で居てくれたから、6人と10年生きてくれたから、
出会えた友だちがいるし、救われた曲があるし、とっても楽しかった!
自分の話ばかりだけど、濵田くんが東京に行ってしまってから、まさか自分も東京で暮らすことになるとは思わなかったし、また10周年は大阪で待つことになるとは思わなかった。
私は私の人生を全力で生きてきた。
心の状態によってはWEST.の曲が聞けない日もあったし、もちろんWEST.の曲でどん底から這い上がる日もあった。
そんな10年間、
「私には濵田くんという好きなアイドルが居る」という事実が不変であったのは、「濵田くんには大切なグループがある」という事実が不変であったおかげ。
10年間、たくさんのパフォーマンスを届けてくれて本当にありがとう。
今日も変わらずに居てくれてありがとう。
10年前の今日
戸惑いながら、一生懸命笑いながら、やって来た七侍!
いつかド派手な花火を上げようと約束した日
どんな辛い日々が来たとしても、強く強く生きていくと誓った日
デビューという夢を掴んだ、その先に続く道を、一歩ずつ踏みしめて歩き始めた
君が笑うと地球も笑う
どんな愛もどんな夢も取りに行こうね
君の人生は素晴らしくて、いつだって美しい
まるで暗闇の中で光る不死鳥
虹の向こうへ、楽しいことを探しに行こうよ
愛は必ず君の心にあるよ
守りたいものが"ここ"にあるなら、ただ立ち向かうだけ
最愛を探す旅へ走り出そう
常識だって壊していく
右の手には友情を、左の手には夢を抱いて
あの頃 語った将来ってこれだっけ?描いた人生ってこんなもんだっけ?
流れ落ちた涙さえも、強さへと変えていく
泣いて笑って生まれてきた君だから大丈夫
この情熱は、君の鼓動がくれた答えだった
どれが正しいのか間違いなのか分からなくて、手探りのまんま生きている
君の毎日に、必ず光が差すように
最後までこの手を離さないよ
いつだって僕が、でっかい愛が、あなたを抱きしめる
きっと悲しい顔は似合わないから
愛に頼ってみたくて寄り添っていた
精一杯強がって生きてもいいんだよ
もう届かなくても、もうそこにあるはずもなくても、君と見た輝きだけを覚えていく
今日も君と笑い合いたくて仕方ない
愛せば愛すほどに、君を遠くに感じるけれど、生まれ変わっても君がいい
最高の景色を目指して、最後の最後の一秒まで共にゆこう
君と出逢えて、世界一の超幸せ者だよ
あの日君と誓った場所へ
これからも一緒に、夢のまた夢を叶えにいこうね
WEST. FATE
オタクって、抽象的で漠然としたものを見ると、それを自分の都合の良いように解釈して、思案して、我がもの顔で論ずることが好き。
FATE(運命)のMVは、アートと文学をアイドルという偶像で無茶苦茶にした傑作だった。どんな曲者の創作?(ありがとう)
既成概念が乱反射して偏ったまま、アイドルを自由気ままに愛しているオタクの、いち趣味『言語化』で、FATE最高!を伝えにいく。当然、個人の感想です。よろしくお願いします。
冒頭の神山くんの「絶望」って、後から明らかになる「重岡くんへの執念」だと思う。(結論から述べる)
夢に魘されているし、涙を枯らしている。失くしたものをもう一度得るなら、自分も失くなるしかなくない?
「使命を食い物にして」いる濵田くんと照史くんが居て、兄組2人の「使命」って何?を考える。7人で一体の造形であり続けることかもしれないし、1人の決断の背中を押すことかもしれない。
「感じないように見えないようにして」いた流星くんと小瀧くんで、末っ子2人はそれで良いのですの気持ちになる。全ての悪事から守りたい。
ここで扉が閉まる。
ずっとこのままで良いのだと、閉塞的な現状維持に譲歩した時間があった証だと思う。
「思い出すんだ 誰のためだよ」で葛藤している重岡くんは、自分の正義の在り処を、いつだって追い求める主人公だ。
「I'll be the one」という言葉で、これは「その役割を果たすのは誰だ(俺だ)」に揺れる7人の歌なのだと気付いた。
全員でこの言葉を歌う。答え合わせはまだ先。
そして「目覚める運命だ」と発破をかけるのは…………神山くんなんか〜い!!!そうだよな、この人の主題歌です。
「頑丈なドアの鍵は失くしたはずだった」とストーリーテラーな淳太くん。いやいやいや、絶対に隠してたのあなたやん………………
「このまま」であることを、誰にも知らせず守り続けてきた張本人かもしれない。最年長。
完全に重岡くん+6人の構図。「誰のためか、思い出して」いた重岡くんが、自分の信念を貫くことと、その代償として失うものへの苦しみを天秤にかけて、前者が行動に出た瞬間。
と思った瞬間「巡り合う、その時までの話」と2人で歌う桐山くんと重岡くん?!?!桐山くんは重岡くん派だ…………巡り合います。あっちで待ち合わせです。いつだって、コマを前に進めてきた2人。
ラップの歌詞はまだ細かく聞き取れていないけど、流星くんって神山くんを放っておかない、明らかに「神山くん側」なんだよな…になる。と思った瞬間に、神山くんの前から消えたりもして、あ、重岡くんのことも当然分かってる、中立だ…………と殴られる。
さっきはただ守りたい末っ子たちでまとめてしまったけど、やっぱり流星くんの統制力はすごい。
「手に残った感触忘れない、乾きが遅くても」の濵田くん………完全に血の話でしょ(頭抱)残り続ける感触と生きていくんだ。
「身が燃え尽きても、目を逸らさない」と、真実から逃げないことを誓う小瀧くんは、そのままに真っ直ぐ居てほしい。怖かったよね…………濵田くんと一緒に、やってしまった…?(急降下)
「Why am l the one」全員で問う。なぜ重岡くんがその役割を果たす人だったんだろう。「運命だ」という言葉が、神山くんから重岡くんに代わっている。
「守り抜くなら無様なままで良い」んだと叫ぶ照史くん、重岡くんの信念を守り抜くなら……に聞こえちゃうよ…………(限界)
完全に赤砂を被った重岡くんとの別れ。取り返しのつかない裏切り。
血眼で「思い出すんだ、誰のためだよ」と重岡くんに訴えかける神山くん、
「I'll be the one」
重岡くんだけで言うな〜!!!!!!!!!!!!確定演出。
赤が混ざった砂を見つめる神山くん。重岡くんが開けていった扉を見つめる神山くん。え?いやいやいや、追いかけるやん……………………………………………………(世界一高いフラグ)
まとめ
閉ざされた空間で生きてきた7人。扉を開けて外に出る(=血?)であることを分かっていて、外に出ることでしか得られない【正≒生】を求めている。
「誰がやるか」を問われた時、重岡くんだという運命だった。
その背中を押す淳太くん(鍵開け)、桐山くん(また会おう)、濵田くん(血を生む)。
対に居るのはまったく納得ができない神山くん。
全てを知った上で当然怯える小瀧くんと、神山くんの気持ちも分かる流星くん。
そして、結局重岡くんを追いかける神山くん。
さすがに小説の読みすぎかも。(ウインク)
だけど、この解釈でMVを見ると個人的には爽快で、とある異国の文学史に触れたような気持ちになる。
心からのエンターテイメント。楽しませてくれてありがとう、世界一のエンターテイナー!
「人生にパロディって思えたら」を考える
表題の件、ご報告いたします。
「パロディ」という言葉を辞書で引くと、
「文学作品の一形式。よく知られた文学作品の文体や韻律を模し、内容を変えて滑稽化、諷刺化した文学。日本の替え歌・狂歌などもこの類。また、広く絵画・写真などを題材としたものをいう。」*1
とある。替え歌という例は分かりやすい。
格好つけちゃってすっ転んでBaby
汗も涙も そりゃ才能さ
人生にパロディって思えたら
明日もきっと
笑ってキミと
過ごせるんじゃない*2
「人生にパロディと思う」ってどういう意味やねん。
この歌が解禁された日からずっと不思議で、「フルで聞いたら分かるか」「ドラマを見れば分かるか」と誤魔化してきたが、いよいよ発売日を迎えた。
結局のところの、「考えなければ分からない」と向き合おうと思う。
わりと人生忙しくて、ドラマ全話全集中で見れているわけではないし、この曲について話す雑誌も把握できているわけではないから、見当違いなことを言うかもしれない。
まぁブログってそんなもんです。
言葉の意味を深める
「パロディ」という言葉の意味は上記の通りだが、まず①ユーモアと②皮肉のどちらか、はっきりとさせておくべきだと思う。
日常にちょっとしたユーモア
という詩があるし、②ととった場合、これから5時間かけて深すぎる歌詞解釈を始めなければならなくなりそうなので、ここは素直に①で良い。
ドラマ2話の話をする。(もっと興味深い回があるのかもだけど見逃していたらごめん)
「パロディ」と「パクリ」の違いについてかなり突っ込んでいた。
結論、作品中では「パロディとパクリの違いは、愛があるかどうか」だとされている。(まぁ悶着は続くのですが…)
・パロディ:元となる作品に対して愛情をもってユーモアを加えている
・パクリ:元となる作品に対して愛情のないユーモアを加えている
私は、影響を受けた元の作品の作者に堂々と見せられるのか、コソコソやっとんのか、という違いだと考える。
ドラマを見ていて思うのは、「あなたがどれだけ"そう"思っていようと、相手は"そう"とは思ってないよ」の世界だということ。
世の中、白黒ハッキリすることばかりではなくて、歩み寄ることもあれば、別の蓋をすることもある。
「パロディ」って実はものすごく自分よがりだと思う。「自分の世界」の象徴で、自分が酔いしれるための自己満足。
まぁもっと深く調べようと思えば、本気になれる学問だと思いますが、このくらいにしておきます。
本題に戻る
これらを受けて、「人生にパロディと思う」の訳について考えます。
Live the life you love(自分が愛する人生を生きる)
これが最適解だと思う。
この詩、曲開始6秒で出てくる。最速。解答速報史上最速です。
例えば、「人生」という道が、この世に生きる全員に、全く同じ形・大きさ・長さで与えられたとする。これが「元ネタ」。
その元ネタに、あなたが思う「愛情」や「ユーモア」を加えて、それが「あなたの人生」だと思うことができたなら、それでいいんじゃない?
だってパロディだから。
要はこの歌において、「パロディ作品」が良いことか悪いことかを考える時間は特に必要ない、と着地しています。
パロディみたいに(Like a parody)自由に表現できる世界だって思えたら、気持ちが楽になりませんか?ってことかな、と。
Dirty なことほど Cleanに塗られて
という詩や、
悪戦苦闘した自己ブランディングで
という詩や、
どんなお悩みも 角度次第じゃ
So 満員御礼 Good Game
という詩から、この世の事象はすべて装飾であることや、自分しだいであることが想像できる。
守るべきものはなんだっけ
と迷うこともあるけど、
今日が最高とか言えたなら
明日はもっと Oh Yeah
自分の自分に対する評価で良いんだろうな。
いうなれば適当な人生、適当な応援歌かもしれない。だからこそ、
それでいいんじゃない
ね!それが良いんじゃない
という気楽さで終わる。
この歌のなかで断定の表現は一切使われない。
私は「適当」が好きだ。何なら「適当に生きよう」としている。
これが意外と難しくて、義務感や責任感の強い人がいるから世界は回っているし。
でもきっと誰もが「空気は読むもんじゃなくて、吸って吐くもの」になりたいはずで。
肩の力を抜いて自分らしく生きたら良いけど、まぁそうじゃなかったとしても素敵だよな、という域までいってしまうのが本物の「適当」だ。
この意味合いに納得した今、誰かに「人生はパロディだぞ」なんて言うのは的外れで、「あなたの人生がパロディでありますように」も違う。
「人生にパロディって思えたら、明日もきっと、笑ってキミと過ごせるんじゃない?」こそが、正しい使い方である。
まじでやっべぇミスをやらかしたときにこそ、鼻でこの歌をうたっていたい。
以上で報告を終わります。
私の「似てないふたり」
2023年2月9日に公開されたジャニーズWESTの新曲「似てないふたり」を聞いて、何を思った?
「誰かにとってのあなた」や「あなたにとっての誰か」を歌った、この星の人の数だけ存在する「ふたり」の歌だった。
この歌の「ふたり」はただ「あなたと私」を言っていて、それが恋愛関係なのか家族関係なのか、友情、パートナー、相棒としての「ふたり」なのか、もしかしたら形として存在しない「ふたり」なのかもしれないと思うほど、何も定義されていないのが美しいと思った。(てかさぁ、この間のドル誌の濵田くんの「相棒と言ったらメンバー」という言葉、見た?見た?????)
濵田くんの歌い出しを聞いた時、「濵田くんと誰か(1人)」を歌うな!!!!!!って言った。(ほんの、ほんの一瞬だけの出来事よ?)
優しくて優しくて、まぁるくてお茶目で優しくて、嬉しかった。
でも、聴き進めていくうちにだんだん見え方が変わってきて、気付いたら何回も何回もリピートしていて、広告を飛ばせるタイミングを覚えていて、歌詞もメロディーも心に住み着いた頃、「あぁ、濵田くんと私じゃん」と気づいた。
笑ってくれていい。ドン引いてくれていい。気味悪がってくれていい。
濵田くんと出会うために生まれたなんて、これっぽちも思っていない。でも、濵田くんと出会わなかった人生を想像したら笑えてくる。
アイドルへの想いに対して、愛とか恋とかだけで語れるわけがなくて、でも濵田くんがいると、そんな難しいことは忘れてしまう。
私と濵田くんとの関係は、「アイドルとファン」以外の何でもなくて、それが心地良くて、真実の愛とか運命とかよりも、なんか面白くない?(笑)
楽しいことや幸せなことばかりじゃなかったから、アイドルである濵田くんに甘えて適当なこと言ったり、ベロベロになって「だからさぁ、崇裕には幸せになってもらわないと困る!!!!!!」って泣きながらブチギレれた夜もある。
それでもずっと優しいから、優しくありたいって、優しくあらなきゃって思ってた。
濵田くんと私は何もかも正反対で。
濵田くんみたいな物事に対するこだわりとか、ハマったら夢中になって凝りはじめるところとか一切ない。濵田くんみたいに人を思いやれないし、要領よくやっちゃうから愛されないし、嘘をたくさん言うし、小っちゃいことが気になる。
自分になくて濵田くんに憧れるところは沢山あるけど、なんでそうなるねんって理解できないところも山ほどある。(笑)
それが面白くて、楽しくて、好きなんだと思う。
私にとっての「濵田くんとの記憶」は誰にも邪魔される筋合いない。私にとっての思い出の公演があって、忘れられない1日があって、1番嬉しかったことも1番辛かったこともある。もちろん私だけに存在するものじゃなくて、他の人にもそれが存在するでしょう?誰にも似てない記憶は、誰のものでもなく、ふたりのもの。
いつまでも名前のつかない未来。一生他人どうしだね。
濵田くんの涙は濵田くんの手で拭われる。私の涙は私の手で拭っていく。
これがあなたと私。似てないふたり。
君と出会うためこの世に生まれた
とかそんなことは言えないけれど分かってほしいよ
愛とか恋だけじゃ生きていけないが
君がそこにいるだけでそれも忘れてしまうのさ
それも忘れちまうのさ
できれば言葉には頼らずに伝えたいよ 今のこの感じ
真実の愛とか運命とか そういうのよりちょっとだけ面白い
からかったり愚痴こぼしたりしながら なるべく優しくありたい
やりすぎてムカついた夜はちゃんと話し合おうね
喜びや悲しみの全部を あなたと見せ合いたいのよ
虚しさや退屈の全部を あなたと分け合って
誰にも似てないふたりをただ重ねよう
ふざけ合って呆れたりしながら歳をとってさ
誰にも似てない記憶をただ集めよう
それだけでなんだかドキドキしているんだよ
拾い集めた毎日を 名前のつかない未来を全部のみこんでいく
広がってる真っ暗闇で どこまでも他人どうしのふたり
君がそこにいるだけで もう全部忘れてしまうようなこと
誰にも似てない心をただ誇ろう
その涙は自分の手で拭ってみせて
誰にも似てないふたりをただ重ねよう
ふざけ合って呆れたりしながら歳をとってさ
誰にも似てない記憶をただ集めよう
それだけでなんだかドキドキしているんだよ
誰にも似てないふたりをただ誇ろう
誰にも似てない記憶をただ誇ろう
拾い集めた毎日を 名前のつかない未来を全部のみこんでいく
喜びの毎日を いまだ見えぬ未来を全部のみこんでいく
まじで「似てないふたり」にアイドルとファンを想った人が居たら連絡くれ。さすがに友だちになるしかない。
ちなみに私の「似てないふたり」がそうだった、ってだけで、濵田くんがファンに歌ってると思うとか一切言ってないし、「なんか(笑)だいぶ痛々しいオタクおったわ(笑)」で終わってください。
みんなハルカス行こう~~~!!!
その声が聞きたくて ~舞台盗聴 考察・雑感~
約4年ぶりの主演舞台、本当におめでとう。そして全32公演、本当にお疲れさま。
「コノコエガ キコエマスカ?」
全身全霊に一心不乱に叫び続けたその声が、私にはこう聞こえたよ、という話をボチボチしたい。
濵田くんが生きた榎木田歩の人生に、大きな感謝を込めて。
本編
横山宅調査 ~ 睦美との出会い
一声目、口で「コココ…」と鳴らす音が、「(VOXは)音に反応するタイプなんです」という台詞と繋がっていることに気付いたのは3回目くらい。(遅い)それくらい、ボォっと照らされた主人公榎木田歩の登場に、毎度視線を奪われていた。
「ありました~!!!」と響く軽快な声で、この物語が転がり始め、105分間をノンストップで走り去っていく。阿久澤さんの発声がやべぇことしか分からん。
今後ずっと後を引く「盗聴」「浮気」「嘘」「性善説」を丁寧に置いて並べながらも、決めポーズ→場面転換で明確に【笑って良い】を提示する演出。これらが1ページ目に課される「ワクワク感」という最重要任務を難なくこなし、スタートダッシュを成功させる。
「ear(嫌)!ear(嫌)!」の健吉の顔、マジで嫌そうでほんと可愛いよ。(随時有輝かわいいbotと化します)
この物語が【サスペンスコメディー】を成立させているのは、「分かりやすい笑い」と「圧倒的に"重要"な台詞」が代わる代わる踏襲してくるからであって、きちんと場面に存在する者全員の人生が同時に動いている(これが欠けている"創作物"は感情移入が難しい)からだと思う。
ネコ2匹(鐘と睦美の会話を目で追う榎木田と健吉のことです)を愛でていたら、2人の関係性に想像を膨らます時間を奪われるし(家賃は払えよクソが)、「ねぇ君~!」の屈伸運動に腹を抱えていたら、「止まってもいい、休んでもいい、俺たちが君の補助輪になるから。」が心を揺らしてくる。
初対面の人間に「生きていてくれないかな?」と説得を試みる榎木田が、生死に対して特別な思いを持つことは明確で。だけど全くの「お人好し社長」に見えるのだから、演出と俳優はすごい。私は、この日の榎木田に嘘なんて一つも無かったと確信している。
「銀行に観葉植物があるのは犯人の身長の目安にするため」という流れは、防犯カメラに映った孝之を背格好で判断した榎木田と、繋がりますか?
3か月後 ~ 華怜の来訪
睦美にガチでキレてんのかと思って毎度慄くことができる。「仕事の方は順調だから♪」のスイッチングの間が天才。
愛らしくてお茶目だけど仕事熱心で頼れる社長の榎木田・繊細だからこそ周りを良く見てる一生懸命な睦美・緩みある若者に見えて誰より真っ直ぐなムードメーカーの健吉
赤・黄・青の3人。NB、VANS、adidasの3人。サイダーと紙パックのカフェオレ。
3人の関係性が徐々に形作られていること、それが大変美しい時間であること、決して蔑ろにしない演出が好きだ。
2人と『翼をください』を歌う榎木田の表情を、絶対に忘れたくない。
待ち受けを見たのは睦美だけで、華怜に会えたのは健吉だけ。これはもう悪いのは運命だよ。ひとつひとつの偶然が幾つも重なって、この物語は完結してしまう。
華怜を見た瞬間の榎木田の表情については言葉にするまでもないし、その絶妙な塩梅を数百人のオーディエンスに伝えているのが凄い。当然「一目惚れ」だったはずなのに、もう「動揺」にしか見えない。
「ここ(盗聴撲滅隊)はどのようにして(知られたんですか)?」という台詞も、華怜が榎木田を認識しているか否かの探りだろうか。
華怜への暴行 ~ 消えた盗聴器
渋谷さんと上野さんのシーンが、この作品を締めていく。圧倒的な吸引力で緩急が生まれる。
「電話に出ることが叶いません(汗)」の留守電はちょっと可愛すぎ。
翌朝1人で再びマンションを訪れた榎木田に、私は「用心深さ」や「計画性」を見たけれど、「連絡が付かなくなった辺りでアイリのことと絡められないかなと思い始めて」という台詞がやって来るから、もう何も信じられない。
榎木田の過去
「それこそ3人でよく歌ったりしてて」「俺の夢は成功して姉ちゃんと母ちゃんを楽させることってくらい、大事な存在だったんだわ」「一番初めに見つけたの俺でさ、」「事故だったのか自分で死んだのか分かんないけど」
淡々とかいつまんで壮絶な人生を語る冷静さに【恨み】への執着心が見える。大切な「信じられる人」を奪われ、残された「信じられる人」に裏切られた二重苦から、彼に欠けてしまったものを探す。
そして執着は過去の経験から生まれるものなので、人はみんな何かしらの執着を持ちながら生きていますし、(中略)つまり人間の心には、自分が与えられなかったものを求め、執着する傾向があると言えるでしょう。そしてその執着が大きければ大きいほど、それがうまくいかなかったときに、自暴自棄な行動に出てしまうことも。
パンフのコラムです。
私はこの物語の大切なキーワードのひとつに【人間】があると思っていて。だからこそ「こんな人間っているんですね…!」「人間人間言い過ぎ」の流れは欠かせないし、「人間って何なんだろう」の答えが、この物語の本筋なんじゃないかと思ったりもする。後の「人間になりたい」という哲学的な思考も、言うまでもなく好みである。
榎木田と健吉の絆が好きだ。「あの時、世の中冷めた目で見ている俺を救ってくれた」と話す健吉を見る榎木田の表情が、言葉にできないほど温かくて涙する。
305への再訪 ~ 惑わす盗撮犯
「盗聴」に「盗撮」を絡めて波を立てているのに、ただの蛇足にしていないのが見事だし、ガールスカウトで習った締め方がラストまで余韻を残すけれど、あと2回登場するうちの1回が眩い日常の「コメディー」で、もう1回が裏切りと決別の「サスペンス」になっているから、頭が上がらん。
「誰の仕業だ」という名台詞で、小節のノドに栞を挟みたくなる。
仮面男の掘削 ~ 謎の心像
サスペンスと切っても切れない【伏線】が、しっかり役割を果たしているのに、パリッと簡潔でいやらしくないのが、この作品の魅力。
撲滅隊の日常業務 ~ 睦美と健吉
国家資格を取っている榎木田は、仕事熱心か執着心か。
3人の団結力を表現しながらも、誰か・何かに執着する典型例と、そこから睦美と健吉の衝突→強固な信頼へと駒を進めていく。
「多分…僕のことです(笑)」の榎木田は、
榎木田は複雑だけどいいヤツで、ちゃんと生きようとしている人には寄り添おうとする。応援して愛していただきたいです。
という濵田くんの想いが、申し分なく発揮されていると思う。睦美と榎木田の関係性がよーく見える。
やっぱり榎木田と健吉の絆が好きだ。(二度目)「自分の中に芽生えた誰かを思う気持ちに向き合うことは、素敵なことだと思うよ」
健吉の成長が嬉しくて、少し寂しくて、でもやっぱり幸せで。
でも、榎木田自身の「誰かを思う気持ち」への向き合い方は、大きく間違ってしまっていること、誰も知らない。誰も教えてはくれない。
なぜめぐり逢うのかを 私たちはなにも知らない
いつめぐり逢うのかを 私たちはいつも知らない
どこにいたの 生きていたの 遠い空の下 ふたつの物語
自分が引き合わせた2人への想いを、歌に乗せて伝えたい。
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布はいつか誰かを 暖めうるかもしれない
間に座り、ちゃんと「あなただよ」と目を見て手を出して2人に歌わせる。睦美、健吉、絶対に絶対に絶対に、絶対に、忘れんな。織りなす布で暖めるべきは、榎木田だろう?絶対に絶対に、一緒に生きろ。
双子の妹 ~ 華怜の死
アイリの存在が明らかになった時、驚きを隠せない睦美と健吉の横に立つ榎木田の表情に注目していた人も多いはず。もう……上手すぎ。
渋谷さんと上野さんのシーンが、この作品を締めていく。圧倒的な吸引力で緩急が生まれる。(リピート)仮面男が華怜に言う「いくら叫んでも誰にも届かないよ」という台詞が、色々な所に効いて苦しい。
華怜は「中学の同級生である自分」の事なんて一向に思い出さず、思い出したと思ったらそれは「管理人の自分」で、それが引き金になって殺めたのかは、タイミング的に少し分からないけど、上野さんが仰っていた
華怜には何の気なしに言った言葉が、予期せぬところで人の感情を動かしていた
という考えは、まさにその通りだと思う。
アイリの行方 ~ 二人目の管理人
茉麻が出てきた時の「誰?」「華怜の妹?」という展開が分かりやすくて退屈しない。ここにきて立て続けに登場人物が増えて、物語の勢いが増すことを察知するし、サスペンスにおける「怪しい…」が一番楽しい。
不眠不休の調査 ~ 消えたVOX
榎木田の心配する2人が健気でかわいいからお気に入りのシーン。
「家賃は払い続けている」「盗聴器は仕掛けるだけなら罪に問われない」ありとあらゆるムーブを回収していく。この105分に無駄な時間なんて存在しない。
補助輪の存在
榎木田の「寝言は寝て言えよ」「お前なぁ…!!!」の迫力に覆いかぶさるように、
「誰かに愛されることがどれだけ幸せなことか」「一人の女もろくに愛せないで何が俳優だよ」「そんな奴の演技、誰の心にも刺さらねぇよ」の畳みかけで「俳優:有輝」が開花する。健吉の最重要シーンだと思う。
「誰だよお前たち」のあと、どうしてもこれまでの流れで「我ら盗聴撲滅隊!」の決めポーズが来そうになるところを、寸分の狂いもない「補助輪です!!!」が降ってきてもう堪らない。そうだな、そうだ、ここは「補助輪です」で大正解だ。これまでの決めポーズの流れがあって、存分に威力を増すこのシーン、ただただ西田征史に完敗。
星空の下 ~ 眼鏡の真意
正直ここが"全て"だと言っても過言ではないからマジで気合い入れた方がいい。(もう公演終わってんだよ)
「信じられる人に出会えたんだなって」という睦美の言葉と健吉の解放。
「嘘はバレなきゃ嘘じゃない」「バレた時は責任を取らなきゃ」という本質。
「嘘だと知らなきゃ傷付くこともなかったのに」「今の世の中、なんでも知ろうとしすぎって感じない?」「知らなくていいことってあると思う」という世の中へのメッセージ。(本気で自分の生き方を見直した)
「完璧な人間なんていない」という嘆きが込められた「早く人間になりたい」の重み。
星に願いをかける 俺たちゃ妖怪人間なのさ
正義のために戦って いつかは生まれ変わるんだ
「早く人間になりたい」
暗いさだめを吹き飛ばせ
星空に響く叫び。【正義】【さだめ】【生まれ変わり】
ほんと、濵田くんの低音がやばいとか言ってる場合じゃないんですよ。
これまでに植え付けたポップで愛らしい榎木田によって「間宮謙吉さん、佐野睦美さん」も、まだまだ【コメディー】に感じることができる。本当に、ギリッギリまでシリアスに浸からない表現をするから騙される。
デリバリーで一悶着する2人と、真相に迫る榎木田で、明らかに時間の流れ方が違うから素晴らしい。これを生で表現する技術の高さ。
謙吉の「榎木田さんは一度決めたら譲らない人」という言葉を皮切りに、答え合わせが始まる。
突然の雨 ~ 孝之と父
「ビンゴだよビンゴだよ」までの流れは綺麗すぎる・早すぎるという意見には賛成するところもあるけれど、この作品はとにかく「スピード感」だと思っているので心地良さもある。
孝之が華怜を殺す理由になった、父への想い・関係性もしっかり描かれていて誰も置いていかない。
雷雨の通話 ~ 孝之と榎木田
榎木田、あなたが大切に想う2人は、この数ヶ月であなたの想像以上に成長したし、あなたのことを考えているし、あなたのことを愛しているよ。
孝之と榎木田のアクションはかなりハイレベルの技だと思うんだけど、抜群に呼吸が合っていて練習と相性を感じる。
少し余裕が出てきた頃にハンカチでひっそり販売したグッズを想起してしまい、手汗の滲むそれをギュッと握りしめることしかできなかった。
孝之の死 ~ アイリの真相
「あぁ〜その辺りはもう大丈夫です、興味ないんで」がひどく冷たくて、孝之の親子愛家族愛の眩しさに、自分の苦しさが過ぎったのかなとも思う。
黄色のトップスに青のジーンズの睦美、青のブルゾンに黄色いクレーン車がプリントされた謙吉、あの時飛び降りるはずだった彼女の手を引いて降ろし、混ざりあった2人を、真っ黒の榎木田はどう見ただろう。
このあたりで私の行き着いた結論をまとめたい。
榎木田が探していたものは【心から信じられるもの】だと思う。誰よりも「信じること」に執着した人間だった。
何もかも失い、裏切られ、臆病になって、それでも性善説を信じ、「信じるに値する人は絶対にいる!」という訴える姿。
信じられるものを探したい気持ちが、【盗聴】を仕事にさせ、自分と同じように何かを信じられなくなった人を放っておけなくて。
だから、アイリの「盗聴は気持ち悪い」から始まる怒涛の【人格否定】が、全てを破壊した。
「誰かを信じたい」気持ちゆえの行動を「信じてほしかった人」にまた踏みにじられ、自分の正義は【疑い】であったことに絶望し、睦美と謙吉の信頼を裏切ることで、いつの間にか自分が一番許せなかったはずの人間になってしまう現実、それら全てが行き着いた先が、「俺はもう自分を信じられなくなった」だった。
母と姉の死をなぞりながら、消えていく榎木田歩という【人間】に、何かを伝えられるのだとしたら、あなたは間違いなく「信じ合う2人」を作ったということを叫びたい。ただそれさえも、あなたに孤独感を与えていたのだとしたら…
撲滅隊解散 ~ 東名高速横浜方面
「前に話した性善説って覚えてる?それを信じる気持ちは今も変わらない。人間を信じる人間がいなくなったら、世の中もっとギスギスしちゃうよ」「信じられる人に出会えたんだ。どうか君たちはそのままで居てくれよ」
私は、睦美と謙吉の居場所を守りたかった榎木田に嘘がないと信じている。榎木田はそんなに難しい人間じゃないよ。ただ、人より少しだけ、助けを求めてる声が聞こえ辛い運命だった。
子供の時 夢見たこと
今も同じ 夢に見ている
ここで涙が溢れだすのを見ると、「子どもの頃の夢:母ちゃんと姉ちゃんを幸せにすること」が、榎木田の今も変わらない夢なのだろうかと思う。
それならば、悲しみの無い自由な空へ飛んで行っても、もう許されるんじゃないのかな?許してあげてほしい。どうか彼に翼をください。
濵田崇裕のファンとして
車から降りて一例をした後、後ろにフラっと足を付いたのを見たことがある。私が観た公演の中で、榎木田の涙が流れなかった日は無かった。
ずっとずっと、クオリティの高い『熱演』だった。日々磨かれる各所に散りばめられた技術。共演者から明かされる役への真摯な向上心。
どうしても偉そうになってしまうけど、これまでで一番「頼もしい」姿だった。
本当に1公演も1人も欠かさずに走り切ったね。座長としてのプレッシャーは想像を絶するものだったと思う。
ここ数年、自分の体調に悔しい思いをすることも多かっただろうから、この32公演を乗り越えた濵田くんのガッツポーズを見ることができて、心の底から嬉しい。
素敵な監督と、素敵な共演者さんと、素敵なスタッフさんに出会えてよかったね。
昔々濵田くんの仲間を応援していた友だちも、あの頃初日に泣いていた濵田くんを知っている友だちも、今濵田くんが手にした6人の相棒を愛している友だちも、みーんな観に来てくれたよ。
そして何より濵田くんのことが大好きなあなたのファンが、ずっとずっと応援してたよ。
本当にお疲れさまでした。ゆっくり休んで寝てほしい…けど、まだまだ気が抜けない繁忙期でしょうから、どうかジャニーズWESTとたくさん笑ってください。
ありがとう、盗聴撲滅隊!!!
「愛情至上主義」のはなし
私はどうしたって、「ジャニーズWESTとファンがライブで歌うための曲」に聞こえたけれど、遠距離恋愛の男女にも、家族愛にも当てはまる。
私の「愛情至上主義」はどこにあるのか、探しに行く。
ガソリンランプが光ってる オレンジに沈む夕日
暗闇に渇いてく僕を今すぐに 抱いて欲しい
ガソリンランプは、体力・精神力の危機を表す比喩。
オレンジに沈む夕日で、1日あるいは1週間の終わりを想像させる。
沈んでいく夕日は本当に見えているのか。ガソリンランプはオレンジに光るから、錯覚のようにも絡ませる。
オレンジの夕日が沈むまでって本当にあっという間。その短命をガソリンの枯渇に焦る自分と引っ掛けているのか。
この歌は「ジャニーズWEST視点」でも「ファンである私視点」でもあると思う。小節ごとに、どちらかを選択し続けることができる構造をしている。
カラカラに飢えているのは私たちもだし、ジャニーズWESTもだろう。お互い死ぬ気で生きてきた。
ガソリンランプが光ると、走り続けられるのはあと50㎞ほどらしい。私の街からはあなたの街までは到底足りない。あなたの街から私の街までも。
きっとトンネルの中で止まってしまう。暗闇に渇いてく僕だ。
緊急事態だから「今すぐ!!!」なんて我儘を言って、今夜久しぶりに会いたい。
1に君と
2に僕は
3しがない毎日が横たわる
バリバリこんなにも頑張っているからもう限界。という人の話だけにしない。
しがない(取るに足らない、つまらない)毎日が横たわる(動かない)私だって、ジャニーズWESTに会いに行っても良い。ジャニーズWESTに励まされても良い。
1、2、3、4が無い(しがない)って、凄く切ない停止。いたずらみたいな遊び心が重岡くんらしい。
「GO WEST」のぞみはある
最終列車へ急げ!今夜!
ジャニーズWEST視点だと、『おいおい、俺たち呼ばれたみたいだぜ!!俺たちを「のぞ」んでいる声がする。東京発 新大阪着(GO WEST)の最終列車「のぞみ」がある。今夜は、京セラドーム公演や!!!!!!!』って感じ?
私視点だと、『どうしてもジャニーズWESTのもとへ行きたい(GO WEST)!!ジャニーズWESTに会える「望み」はあるか。最終列車「のぞみ」はあるか。どこへだって飛んでいく!!!!!!!』だと転換させることもできる。
君を抱きしめる
ほかに何にももういらない
指折り数えて待った手を
ほどいて 伸ばしていく
ジャニーズWEST視点だと、『俺たちの笑顔、歌、踊り、メッセージ、最高のエンターテインメントで抱きしめるから、「幸せになりたい」以外の気持ちは置いてきな!』というメッセージが伝わってくるし、
私視点だと、いつだってとんだハードスケジュールをこなしているジャニーズWESTに、今夜だけは幸せに溺れてほしいと、「お疲れさま」を込めて抱きしめる気持ち。
指折り数えて、全ての指が閉じられた当日=今夜
「手あげろ!!!!!!!」が聞こえて、その拳がほどかれていく。伸びていく。
待ってるかい?君は
行けよ行けばわかるんだ
記録にも記憶にも残すような
自己ベストで抱いてやる
ジャニーズWESTは「みんなで行こう!」「どこまでも行こう!」ってよく言う。「どこへ?」の答えは「行けばわかる」だったんだな。
ライブの醍醐味って「非日常」だけど、ジャニーズWESTが提供するそれは一級品。
日常に無いことが存在するから「非日常」なんじゃなくて、日常に色を付けて「非日常」にするアイドル。胸を張ってアイドルだと言ってほしい。
「自己ベスト」と聞くと思い出すことがある。
【ジャニーズWEST #翔べ関西から 京セラ 7/2】
— きょ (@nokono19) 2022年7月2日
ビグショのラスサビ前の間奏で、重岡くんが「さぁ!今日は……自己ベスト更新!!!!!!」って叫んだあと、濵田くんの踊りが1サビ2サビ(も最高なのは前提)とは格別で、重岡くんの言葉を受けてギアチェンジする姿を目の当たりにした
重岡くんからは特に強く「ライブって試合」を感じる。「今日も闘うぞ~!」は何も間違っていない。他人と比べない闘い方。だから目指すのは「自己ベスト」なんだ。
1に孤独
2に涙
3しあわせはどこにある
4がなかったはずなのに、1、2、3、4を合わせて、しあわせになれた。
私たちは日々、孤独や涙を乗り越えて、幸せを探し歩き続けたから、また会えたんだな。
「GO WEST」元気ですか
会いたいから何でも出来る
ジャニーズWEST視点、彼らはいつだって故郷を想っている(GO WEST)し、私たちに「体調に気を付けて!」「元気でいてくれたら俺は満足」だと言ってくれる。「会いたかったぞ!!!」「今日のために頑張ってきた!!!」と言ってくれる。
濵田くんって、私に会いたいから辛い仕事もハードなスケジュールも乗り越えてきたらしい。←そう思われても仕方ない歌を歌ったのはあなたたちです(開き直り)
私視点、私だってジャニーズWESTに想いを馳せる(GO WEST)し、元気にしてるかな?頭痛くないかな?ご飯食べてるかな?と思っているよ。言わずもがな、ジャニーズWESTに会いたいから、仕事も勉強も育児も恋愛も、ちゃんと向き合っている。
1、2、3、
大好きだ 愛してる
ほかに何にももういらない
ぬくもり数えて笑ってた
あの日々 取り戻す
渾身の告白。嘘のないラブソング。
ジャニーズWEST視点、ここまでも「愛してる」という言葉を当てることのできるメロディが多々あったのに、「抱いてやる」という言葉で焦らされてきた。
なにもかも全てを抱きしめてくれる包容力に、素直に身体を預けたりもするけれど、そろそろハッキリ言ってほしい……と思っていたら、あまりにも真っ直ぐな「大好きだ」と「愛してる」が飛んできた。ご丁寧にカウントダウン付きで。
私視点、ジャニーズWESTに対して、合法的に「大好きだ」「愛してる」を全力投球できて心底気持ち良い。またガソリンランプが光りそうになったら、ジャニーズWESTを見て、心が温かくなった瞬間を数えていた幸せな日々を、思い出そうと思う。
待ってるかい?君は
行けよ行けばわかるんだ
記録にも記憶にも残すような
自己ベストで愛してね
「愛してる」を伝えてもらったからには、「愛してね」も伝えることが道理だと思う。
「愛してるぞ!」「愛してくれ!」で繋がり合う関係性。
愛を無理強いはしないし、愛を誰かと比べなくても良い。自己ベストで良い。
記録とか記憶とかどうでもいいや
自己ベストでギュッと抱いてやる
「記録にも記憶にも残すような」を目指してきたけれど、「どうでもいいや」と思える場所、それは「行けばわかる」と言われてきた世界。愛に溢れた世界。
沢山抱きしめ合って、とっておきの「愛してる」「大好きだ」を交換し合って、最後にもう一度だけ「ギュッと」抱きしめ合う。
お互いに離れられないよ、そんなに強く抱きしめちゃあ。
相変わらず抜群の文学センスと、「自然と盛り上がるため」に工夫が練り込まれた音の構成。
至上主義(しじょうしゅぎ):あるものについて、それが最上のものだ、それに勝るものはない、とする立場。
私はきっと、ジャニーズWEST至上主義だ。
推しがアイドルになって20年
「20年間、アイドルで居てくれてありがとう。」
その想いだけを詰め込みました。
「アイドルになって20年」なんてのを祝うのは、"アイドルファン"の特性だと思う。
あなたは忘れていてくれて構わないし、こちらにお礼などを言う義務もない。
ただジャニーズWESTは意外と「入所日」に前向きなアイドル(笑)
18年目の頃から「再来年で20年やで~」と、去年は去年で「もうすぐ20年か~」と言っていたし、「成人式やん!」「袴や袴!!」とスキップしている姿が本当に愛おしかった。
この時点で、濵田くんの20年を「20年やで濵ちゃん!!」と騒ぎ立てる5人や、「一緒に袴着て写真撮ってもらお!」と微笑む照史くんが、あなたの側に居ることに、どうしても目の前の電子文字が滲んでしまう。
20年間頑張ってくれた濵田くんにはもちろん、
濵田くんの20年目をひとりぼっちにしなかった照史くんとジャニーズWESTに、
そしてやっぱり、「おめでとう」と側で言ってくれる6人を、8年前に掴み取って8年間離さずに守り続けた濵田くんに、
とびっきりの「ありがとう」と「おめでとう」を贈ります。
「アイドル」と「ファン」の在り方っていうのは、その数だけ存在すると考えています。そして別に、自分ではない誰かのそれを聞いても、大して面白いものではないと思っています。
ここから先は正真正銘「濵田くん」と「私」における「アイドル」と「ファン」の話であって。
誰かに「濵田崇裕というアイドル」を紹介するためのものではないし、「濵田崇裕のファンはこうだ」と定義するものでもない。
このお手紙を要約するのであれば、(本当に痛々しく苦笑いに値する発言ですが)
『私にとって濵田崇裕は世界一のアイドルであり、私は濵田崇裕のファンでいることが本当に上手い』という話。
私の趣味嗜好をもってする話ばかりな上に、私が陶酔するためのものなので存分に面白くないと思います。(しつこい)
ただ、濵田崇裕は本当に面白いアイドルです。
それを表現することに関しては、襟を正し、一意専心に手と頭と心を動かす時間にしたつもりです。
20年前、この世にまた1人のアイドルが、産声をあげました。
今日も、彼はアイドルを生きています。
ひっくり返るくらいの長文なのでお好きなところへどうぞ。例にもれず後半は絶好調(多義)です。
私があなたを好きな理由
とにかく綺麗
人の数だけ「綺麗」の定義は存在するけれど、私にとってのそれは、陶器のような肌や左右対称の表情、水分量の多い瞳に見惚れるようなEラインのことではない。
外面内面問わず、「気を遣い続けられること」なんです。
彼は綺麗であろうと努めて綺麗を維持・促進する。生まれ持った美・センスはとことん磨き上げ、人に言わせれば「コンプレックス」と類されることを、特に過小評価することも過大評価することもない。ただ出来る努力は惜しまない。
彼が綺麗である理由は、やはり自分自身が仕事道具だという意識が存在するからだと思う。彼の綺麗は彼の趣味ではないから、言うなれば「覚悟」だろうと。
あなたが綺麗であることに、どこかで安心している自分がいるのかもしれません。
- 顔が美しい
小さな額、頻繁に手入れされた眉、筋の通った鼻と奥二重のバランス、零れ落ちそうな涙袋、薄い唇、笑った時にできる目尻と口元のシワ、星座のようなほくろ、真っ直ぐで真っ白にされた歯、エラのない輪郭。この人の顔になりたいと思ってなれる顔じゃないんだよな(それは皆がそう)。
彼の表情は緩急が良い。何年彼を見ていても不意に思いがけない表情をすることがある。彼は、所謂「表情管理」と呼ばれるアイドルの基礎をとうに超越している。
- 身体が美しい
177㎝(178㎝と書かれる時もある)という数字、33歳にして体脂肪率一桁。デビュー時3%くらいしかなかったのも、脂肪が付きにくい体質でなんだかんだ身体が弱いところも、本人が物凄く努力して健康を維持しているところも、何処かに刺さってしまう。
喉仏や胸鎖乳突筋をはじめ骨と筋が全て良い。奇術を披露する手や爪も言葉は不要。ステージ衣装を着ることもすごく得意だと思う。(一番好きなステージ衣装は列島縦断の和装アレンジです)(そうなんだ)
- 声が美しい
歌声・話し声問わず、人の心を包み込む声をしている。
私が初めて聞いたときは変声期ももう随分後半だったと思う。今日まで歳を重ねるごとに少しずつ変化しているんだろうけど、一見とても力強く聞こえて本当は驚くほど繊細な質は、ずっと変わらない。
歌については、得意なんだろうし好きなんだろうし、ただただ努力できる人なので、これからも一般的に「上手いね」と言われるような確実な力を身に付けていくと思う。
でもまぁ私は「歌手:濵田崇裕」ではなく「アイドル:濵田崇裕」の声が好きなので、単に彼の美声やスキルに酔いしれるというよりは、彼が頭の中で描いた音がパァーンと出てきた時の嬉しそうな表情とか、めっちゃ練習したんだろうなと感じさせる高度なアレンジを魅せた時の自信満々な表情とか、隣で歌う仲間につられて笑顔を見せる瞬間なんかに、ニヤッと笑いながらグーサインを送るんだろうな。これからも、彼が「歌に乗せることで伝えようとする心からの想い」を、素直に感じるために聴き続けたい。
ひとり歌番組で活躍する姿に手を叩いて喜んだり、カバーアルバムくれ!!と喚いたりもするけれど、今はジャニーズWESTとして歌う濵田くんが一番好きです。個性だらけの声だけど、6人と歌う時の濵田くんの声が、彼史上いちばん綺麗だと感じています。
- 踊りが美しい
初めて濵田くんのダンスを見た時からずっと釘付け。濵田くんより明らかにスキルがある人の踊りも、濵田くんより若い人の迫力満点な踊りも、色々なアイドルのステージを見てきた自負があるけれど、彼ほどズルい踊り方をする人を見たことがない。
上手く言葉にできないけれど、誰にも知られたくないみたいな顔をしながら、不思議なフェロモンだけを漂わせて、ひとり自分の世界で踊っている。そしてその世界の入り口に気付いた人にそっと微笑みかけるから、「……どうしてあなたはそんな風に踊るの?」で頭の中をいっぱいにさせる。みたいな感じ(適当だなぁ)
まともな話をすると、常人離れの体幹と筋力を基盤に、長い手足で引き起こす時差と細やかな視線誘導が肝なんだと思う。あまりこういうことは言わないのですが、正直ベタ惚れです。
アクロバットの話をします。
大きな怪我をしてから今日までの間で、私が見る事のできたアクロバットは、2021年7月17日「音楽の日」のええじゃないかDRUM TAO collab Ver.と、2022年5月14日の「OSAKA METROPOLITAN ROCK FESTIVAL 2022」のええじゃないかと、2022年6月18日「LOVE MUSIC FESTIVAL 2022」のええじゃないかと、1st DOME TOUR 2022 TO BE KANSAI COLOR -翔べ関西から- 京セラドーム大阪 7/1公演のええじゃないか、計4回。
全然関係ない話だけど、私は濵田くんがアクロをする前の、特にいきむことなくタタタっと助走して、筋力を酷使しているはずなのに、風が吹いたかのように軽く回る(ことがカッコいいと思っていそうな)ところが大好きです。そのスタイルは、10代の頃から30過ぎるまで何も変わっていない。(ていうか30過ぎてアクロやってるなんて想像してなかったよね?超人?)
あの頃みたいに、いつだってどこだって不自由なく跳ね回っていた姿はもう二度と見れないし、永遠ではない事は分かっているし、残りを数えられるくらいの夢になるかもしれないけど、もしまた、濵田くんにとって大切な日、頑張りたい日、夢を叶える日に、パッと風に乗ってくれたなら、その美しさにそっと涙ぐむ人や、「私ももうちょっと諦めずにやってみっか~」と踏ん張る人がいること、あなたのゲージの足しにして欲しいなと思う。いつも本当にありがとう。
- 心が美しい
「優しい」と幾度となく言われてきた。「優しい」ってなんだ。あまりにも汎用性のある言葉で、軽忽な印象を持つくらいには、歳を重ねてしまったと思う。
心が美しいな、綺麗だなと思うことはよくある。それがまぁ一般的に言うところの「優しい」なんだな。
少し話が逸れますが、ハッキリ言って濵田くんは「博識」ではない。単に抜けているところもあるし、何より強制的に基盤を叩きこまれる学びを9年で止めてしまっているので、組み立てるのが苦手なんだろうなと思う。
私の考えだけど、人(アイドル)は、ある程度の学を得てしまうと「初めての経験」や「目の前の事象」を、持ち駒で【解釈】しながら自分のものにする(そしてそれを発信する)と思っていて。
逆にそうでない人は、「初めての経験」や「目の前の事象」が"そのまま"自分に吸収されて、その人にしか分からない、"感覚"としか言いようのない何かが、代謝を行うのではと思っている。
一見そうには思えないけど、よっぽど前者の方が"分かりやすい"です。
濵田くんの言動で「優しいな」「心が綺麗だな」と思う時は、「何にも邪魔されていない時」が多い。それができるのは、後者で育ってきた道徳観があるからじゃないかと考えたりもする。彼の人格形成期は、それは豊かな毎日だったんだろうと想像すること容易い。その上本人が、とてつもなく「優しくあろうとする」人だから、そりゃあ他人から「優しい人」だと言われるよなと。博識でない=優しいって、そんな話は一切していない。上手く言えなくて歯がゆいなぁ……勉強不足です。
でも別に濵田くんのこと、四六時中優しくて心が綺麗な人だとは思っていなくて。彼にしか分からない、あるいは彼さえも分からない構造で物事を代謝されてしまうと、本当に深海のような天空のような言動をする時がある。
個人的には「誰からも愛される」は嘘だと思っているし。それでも、「誰かを嫌な思いにさせることが少ない推し」というのは、とてもノンストレスでありがたいです。
何年彼を見ていても、まだまだ分からないことだらけ。
反省を表して、最近私が「濵田くんの心は美しい」と感じたエピソードを記します。
夏目漱石「精神的に向上心の無いものは馬鹿だ」
濵田くん「それは言い過ぎ」
ありがとうございました。
「濵田くんの好きなところ」の初陣として「とにかく綺麗」を挙げました。
言い残したけれど、「濵田崇裕」という名前も、何よりも美しいね。今自分でタイピングしながら「芸術かな…?」と思うくらいには美しい。
ともに20年を歩んできた照史くんの「崇裕!」が大好きだし、古い仲間たちと昔の名残で「ねぇ〜え、たかひろがさぁ〜」って話すことも大好きです。(良くない気分の人もいるだろうけど、表では名字くん付けを心がけているし、これはもう"時代"なのでご勘弁を)
余計なことをしない
表現って厄介だなと思いながら、でもこの言葉が最適だと思う。
まず、冒頭の「私は濵田崇裕のファンでいるのがとても上手い」という言葉の誤解を解きます。
私は彼から供給されたものを、バットを振るべきか、見逃すべきかに、瞬時に判断することができる。それなりに蓄積された年月から、常に彼の球種を読んでいるので、無意識で容易なことです。勿論勘が狂うこともあるけれど(それを刺激というのだろう)その頻度も心地良いし、面白いと思うことができる。
…不平等な関係性だとは思う。私から球を投げることは一切ないないのだから。
「来た……!!!」と思える球ならば、思いっきりのフルスイングを贈り続けたい。彼の寛大さ・誠実さに恥じぬように。(ここまでペチャクチャ話してて、いや打たれたらピッチャーの負けじゃね?というややこしいツッコみが浮上した、野球を知らんのに野球に例えるな)
私には、濵田くんとジャニーズWEST以外に、好きな人や好きなことがたくさんある。彼に依存・執着していないし、彼もそれを心の底から良しとしてくれる(と感じている)。彼のファンで居て、自分らしさを損なわれることがない。
これこそが「濵田くんのファンでいることが得意」と言う理由であって、あなたに会いたいと思い続けることができた理由なんだと思います。
一方で、「濵田くんのファンでいることが得意」なんて大口叩けるのは、これも全て濵田くんのおかげなんだろうなということは薄々感じていて。今日は良いきっかけだなと思うので、じっくり考えてみることにしました。
私は自分の好きなアイドルを偶像化したいオタクです。(商品や手段になって欲しいという意ではなく、仕事をする時は想像の人物≒自由に感受されることを許した人であろうとする姿を魅力に感じる、という意)
自分でない誰かの心なんて絶対に理解できない。自分勝手に他人の心を知ったような気になることは、あらゆるトラブルの引き金になる。
その危なさを許してくれるのがアイドルなのだろうか。自分の都合の良いように他人を解釈して快感を沸き立たせる、この対象がアイドルなのだろうか。
そうはさせないと思っても、私自身が今も尚、自分ではない"アイドルという他人"についての話をタラタラと連ねている。
濵田くんは、「これが自分です」と曲げない軸を明確に提示した後は、余計なことをしない。
偶像化されることへの覚悟がとんでもない。
正直、甘い言葉をかけるアイドルより、手厚いファンサービスをするアイドルより、ファンに優しいアイドルだと思います。優しいという言葉で良いのか熟考したけれど、まだちっぽけな自分にはこう表現するしかなかった。
これからも私は、彼の本質を追求したいと思いながらも、ライターや編集者が継ぎ接ぎしたものや、どこかの誰かが呟いたものを、彼の一部を全部かのように抽出して、好き勝手「濵田くんって○○なんだ」と言う。
彼の覚悟に甘えてしまう。
そして恐らく彼はもう、こういうことは考えたりしていない。随分昔に腹をくくったし、樹齢20年の大木は、些細なことでは揺るがないんだろう。
もともとあっさりしたドライな性格なのも影響していると思う。彼は、思い入れのある仕事の台本も躊躇なく捨てるし、5年会っていない友人を街で見かけても特に声をかけない人。
それでも、こんな仕事(あえての表現)に夢を見てくれている。本当にありがとう。アイドルで居てくれてありがとう。
優しくしてくれてありがとう。
「余計なことをしない」についてさらに別の視点を持つこともできます。
「好きなアイドルを偶像化(商品や手段になって欲しいという意ではなく…以下略)したい」という私の希望を達成するためには、多義を含んだ「こちらに近寄って欲しくないし、こちらからも近寄りたくない」が欠かせない。
私にとっての濵田くんは以下のような人であって、こういうところが本当に「自分に合っている」と感じます。
- 余白を持たせた発言が多く美談を安売りしない。
- 荒れ地に顔を突っ込むようなことをしない。
- 一切の無反応が静寂への一番の近道だと知っている。
- 人のことも自分のことも大っぴらにしない。
さらに咀嚼していくと、「エゴサーチを全くしないところ≒余計なことをしないところ」もこの項に含まれると思います。彼はネットニュースさえも「ウソが多いから見いひん」と朝夜のテレビニュースを見るような男。
「エゴサーチは余計なことだ」と言っているわけではないです。「アイドル誌での発言がファン間のSNSで歪んだ解釈をされ、それを次号やブログで訂正するアイドル」や「ファン同士がSNSで盛り上がっている話題を把握していることが、ライブのMCで明らかになるアイドル」は、とても誠実でファンに真摯であり令和と上手く生きていると思う。他にも、「自身が出演する番組がSNSのトレンドワードになることを所望するアイドル」は、自己プロデュース力を時代の流れに投影させた成功者だと思う。
だけど、だけど、私は、9曲の音程を外さなかったことで、1つのバラエティ番組と茶の間とSNSを大いに盛上げた直後に、「綺麗な空の写真」のブログを更新するアイドルが堪らなく大好きで、愛おしくて、あぁ、私の"担当"だ…と痛感するのです。
これからも、出演番組の反響はラジオ局に届いたお便りだけで感じて、ニコニコと嬉しそうに読み上げる人でいて欲しい。
そもそも、こんな好き勝手なブログを書くことができるのも、「絶対に濵田くんが見ることはない」という確信があるからです。「絶対ないけど何かの間違いで0.01%くらいは見ちゃう可能性もないことはないよね」ではないです。100%バレません。(バレません)
やっぱり何もかもが濵田くんのおかげだったな。
「余計なことをしない」という、何だか棘のある言葉を使ってしまったけれど、それこそが彼の優しさであり、アイドル力であると、気付き直すことができました。(自己満足)
孤高である
込み入った話になりますが、今日だけは聞いて欲しいと思うのです。
(ジャニーズの)アイドルを語る上で「シンメ論」というのは欠かせない。
そうでなくても、「俺とあいつ」というものが彼らのセールスの一種であり、カスタマーである我々も、その膨大な魅力に惹かれ考察を抱え、少しの切なさ儚さとともに無限大の愛を感じるのだと思います。今日は"絶対的センター"の話は割愛します
時に夫婦、時に恋人、時に兄弟、時に相棒、時に……
シンメ・コンビの話をするときは、ジャニー喜多川を考える必要もあります。時代、時機、直感、沢山の奇跡が巡り会って、背中合わせであることを、横並びであることを運命づけられる、全ては彼の目に託されて。
私の好きなアイドルも、例外に漏れずその道を歩いていました。
どうしようもなく愛おしい顔で「濵ちゃんは俺のもの」と言う権利があるのも、器用なように見えて脆いところを濵田くんにフォローされる権利があるのも、濵田くんに「特別だ」と、なんだかんだ大切にされる権利があるのも、お互いのファンが「見捨てないでよ」なんて笑い合う権利があるのも、濵田くんと2人でいることで輝く権利があるのも、絶対に絶対にこの世に一人だと、これだけは譲れないと。
ジャニー喜多川の目で、「濵田くんの隣」を定められたのはこの世に一人だと。
曖昧な記憶ですが、当時私は「許せない」はそれほど心を占めていなかったと思います。そして今も、特段ナーバスにならない日の方が多いです。
なぜ?と言われると、これが一体どういうことなのかよく分かっていなかったのが1つ、周りの大人が私に全てを教えてくれなかったのが1つ、そんな大人がヒステリックになっているのを見て私も聞くことができなかったのが1つ。
大人になって、自分で検索できるようになった時にはもう、全てが「片付いている」と感じてしまった。
もちろん最前線で彼らに全熱を注いでいた方々は、全く異なる想いを抱き続けていると思う。でも私は自分勝手だから、「なんだか夢みたいだったな」という曖昧に美化された感情を覆すつもりはない。それはそれで良しとしている。
ずっと2人きりだったわけじゃないけど、その中でも2人は特別だったし、2人でてっぺんを目指してた時間が本当に輝いていたこと、私にとっては夢のような時間だった。濵田くんにおける「お前の隣に立つ俺」が、誰よりもかっこよかった。
大規模オーディションがあったちょうど20年前の今日、濵田くんと出会ってくれてありがとう。
濵田くんね、20年もアイドル続けてるよ。
身体は悪くしていないですか、何かを愛し何かに愛されることができていますか。
いつか、一声でも一文でも……と思わないことはない。でも、今となっては、何もないことが、何も分からないことが、濵田くんを愛していた、濵田くんを大切にしていた、という最大限の証明になっているんじゃないかな、と思うんです。そんなもん、一生一緒にいることが一番の証明だったじゃないかと言われれば、それはそうなんだけど、こんな時代、情報社会に揉まれて負のループに惨敗して無責任で在り続ける人間なんか溢れるほどいるから。まだ幼い私は、自分の都合の良いように、ずっと綺麗なままで解釈しています。
前置きが随分長くなったけど、今日の本題は「今の濵田くんの魅力の1つに"孤高"がある」という話です。
こ‐こう【孤高】ひとりかけはなれて高い境地にいること。ひとり超然としていること。「―を持する」「―の人」
濵田崇裕というアイドルは「ひとり」の色素・要素があまりにも濃い。
物理的にひとりぼっちだなんてことは一切ないし、濵田くんがジャニーズWESTで良かったと5分に1度は思っているし、図々しくも私を含む沢山の人に愛されていると思う。
でももう濵田くんは、自分にとって「とびっきりの人」をつくらないし、濵田担にとっても「この人は濵田くんの特別だ」と感じる瞬間は、二度と訪れないと思う。
誰に対しても言動が平等で、四方から重めの愛を受けても均等に微笑む。元々そういう人だった節はあるけれど、無意識だとしても意識的だとしても、徹底されているなと思う。別にトラウマでも恐怖でも何でもない。そんな単純な男ではない。言うなれば、これが今の彼の「仕事のしかた」。
人との関係性だけでなく、彼の言動の節々から孤高を感じる。
色々思うところはあるけれど、その姿は本当に逞しい。その姿が何とも言葉にできないオーラを放つ。どこをどう探しても、彼以外にこのオーラを放つアイドルに出会ったことがない。彼にしかない魅力だと思う。
2022年の今日、そういうあなたを見て、その姿が「あなたのことを好きな理由だ」と言えてしまうほどになった。「頑張った」「凄い」「エモい」なんて言葉は失礼極まりない。とっくの昔に、きちんと自分の中で整理を付けて、自分を確立し始めていたあなたに、私は一生敵わないんだ。
この話をすると「本当に6人が凄い」という所に行き着くんですよ。
彼らは濵田くんの何もかもを底から丸ごと掬い上げて、濵田くんの「これまで」も「これから」も大切にしてくれている。6人の濵田くんに対する一挙手一投足を見て、本当に人格者の集まりだなと思う。そういうコーナーで濵田くんが昔の曲を歌っている時や、雑誌等で昔の話を振られた時の、6人の言動を見ると一目瞭然。
ストレートに言うと、「訳アリ」である彼の「訳」を、腫れ物にしたり汚したりすることなく、彼と新しい夢を見ることに大成功している。
①濵田くんが「俺とお前」であった時の輝き、②決して消えることのない「孤高感」のクールさ、③それでも"7人で"居ることが最強だという自信、この全てを同時に生かし続けているジャニーズWEST、いったいどれほど強くて優しいチームなんだよ。
初めは思い通りにいかないこともあったかもしれないけれど、8年でここまでの関係性を造り上げてくれた。本当にありがとう。
こういった話を、何かもっと分かりやすく表現することができないかなと思って、探してみたら色々出てきたんですけど、一番新しいものが良いかなと思って、これを選びました。
【TVガイド4/2号☆発売中 #ジャニーズWEST ①】〜誌面掲載のおんぶカット💪裏話〜重岡さん、桐山さん、藤井さんがそれぞれ神山さん、中間さん、小瀧さんをおんぶ。ペアを聞いた藤井さんは「でっかいの来たなぁ〜」と👨👦その声をよそに小瀧さんはにこにこ☺️と藤井さんの背中にダイブしていました
【TVガイド4/2号☆発売中 #ジャニーズWEST ②】そしていつも笑顔の中心にいる濵田さんには、6人、そして読者の方を笑顔にしていただく最重要の役割をお願いしました🙇♀️おんぶ3騎の中にフレームインしてきていただきたいと伝えると「得意です!任せてください😆!」と全力で応えてくださいました💫
【TVガイド4/2号☆発売中 #ジャニーズWEST ③】コミカルに登場する濵田さん🕺に全員爆笑!大笑いの神山さん&おんぶする重岡さんは前のめりになるほど2人でぎゃはは🤣桐山さんは中間さんを軽々背負いながら「(隣と)もっとくっつく?」と、笑いながらもほかの2騎のことも気にしてくださいました☺️
週刊TVガイド 2021年4月2日号に掲載されていた「3組のシンメと濵田くん」の写真。
そしてそのあと公式Twitterで更新された裏話が上記です。
「そしていつも笑顔の中心にいる濵田さんには、6人、そして読者の方を笑顔にしていただく最重要の役割をお願いしました」
— きょ (@nokono19) 2021年3月29日
「得意です!任せてください!」と言いながら、シンメおんぶ3騎の中にフレームインする濵田くん、この写真を見た時に感じた↓の感情は、何一つ間違ってなかったな…… https://t.co/t04jzIx3o6
"最重要の役割"と表現してくれるテレガイさんも、シンメ3組を笑顔にさせることを「得意です!」と言う濵田くんも、とても嬉しい。彼がジャニーズWESTで本当に良かった
— きょ (@nokono19) 2021年3月29日
これが、アイドルになって20年が経った今、濵田くんが居る場所。
今日を迎えて
いやはや、自分がまだこれ程の熱量を持ってオタク語りができる事を実感するのも、案外面白いものですね。そろそろ締めないと文字数が怖いので、言い残したことをピャーっと話します。(幾分か話が重なるところもありますが……)
私は本当に濵田くんが好きだ。
濵田くんという人間が好きだし、濵田くんという男が好きだし、濵田くんというアイドルがどうしても大好き。
「どこが好きなわけ?」と聞かれても「今更分からん!!」と答え続けていた時間を反省し、「どうして濵田くんが好きなのか」を考える時間を「今日」にしてみた。
散々話してきたけれど、まだ言えていない「好きな理由」が1つあって。
それは、私自身が「濵田くんを好きでいるんだ」と決めていることなんじゃないかと思う。正直、これが全て。
はじめて濵田くんに会った日に「○○ちゃん(私)はアレ(濵田くん)が良い!」と言った瞬間の記憶や、新しい友だちに会う度に「濵田担なんですわ」と挨拶をする自分が居ることが、今も濵田くんを愛している理由なんだと思う。
自己満足この上ないけれど、ここまでファンを続けていると、一種の「責任」が生まれるの。濵田くんのアイドルとしての覚悟についての話題があったけれど、実は私もあなたのファンでいることに「覚悟」を持っているんだよ。(図々しいな)
20年経ったんだって。これからどうなるんだろう。
濵田くんはなんだかんだ「アイドルでしか生きていくことのできないアイドル」だと思っている。そしてアイドルに何より必要な「根性」が化け物級なんだ。
そして私も、濵田くんがジャニーズアイドルで居る限り「ステージの上で笑うあなたに会いたい」と願う気がする。私だってオタクに何より必要な「自己肯定感」が化け物だから。
「未来のことは分からんぞ!人のライフスタイルは移り変わるんだ!」という声が聞こえてくるけれど、まぁ確かにそれはそうなんだけど、
どう考えても、何度考えても、絶対に自分の人生から濵田くんの笑顔を失いたくない。
なんだか気が付いたら、
推しが髪を染めなくなった
推しがロンバクをしなくなった
推しが「そんな言い方したらまぁた怒られるぞ」という発言をしなくなった
推しの表情に「慈愛」が加わった
推しの愛犬が空に帰った
推しを「相棒」と呼ぶ一生の仲間が6人もできた
推しがアイドルになって20年が経っていた
濵田くんは日々変わっていくけれど、私たちも日々変わっていくけれど、
それでもまた、会えると良いな。
重ねた歳だけ、思い出が増えますように。
鬱陶しいくらいに濵田くんの話をしていたら、前々から「言っておかなくてはならん」と思っていたことを思い出した。これを今日最後の話にしようと思う。
私はよく、「お前は本当に濵ちゃんが好きだな」「濵ちゃんしか見てないだろうが」「でた濵田担の生霊」「めっちゃ濵田担って感じですよね~」「あ~!濵田担だ~!!!」と言われる。ハッキリ言うヤツは「オンリー(死語?)やないか」とも言ってくる。全部親しい友人なので口調の荒さはご愛嬌
…………バカヤロウ、私は笑っちゃうくらいにジャニーズWESTが好きだ。世界で1番、重岡くんと照史くんと淳太くんと神山くんと流星くんと小瀧くんのことを愛している濵田担だという自信がある。本当に、それぞれの良いところを3時間ずつ話せるくらいには好きだ。(アイドルのことを一番理解しているのはその担当だという信念があるので、あまり大きな声で濵田くん以外のアイドルのことを話すのが得意ではなく、他メンバーについての発言が少ないために、誤解させてすみません)(そんなに反省はしてないです)
ありがとうジャニーズWEST、濵田くんとデビューしてくれて。
ありがとうジャニーズWEST、濵田くんと生きてくれて。
ありがとう濵田くん、20年間アイドルで居てくれて。